中島たい子『LOVE & SYSTEMS』と村田沙耶香『殺人出産』―愛と生殖と家族にまつわる7つのユートピアあるいはディストピアを淡々と紹介

ディストピア小説が好きだ。
けれどもそれに気づいたのはごく最近のことで、たくさんの作品を読んだというわけではない。
とはいえ、好きな作品や世界観はいくつかある。
今回紹介するのは、以下の作品に登場する7つの国あるいは世界だ。

中島たい子『LOVE & SYSTEMS』幻冬舎(Amazonのページにリンクします)

村田沙耶香『殺人出産』講談社(Amazonのページにリンクします)

2作品の作風や主題はもちろん異なるが、恋愛・生殖・家族にまつわる制度やそこに暮らす人々の価値観が異なる複数の国や世界線を描き、読み手に大きなインパクトを与えているという点では共通している。
私はこの記事のタイトルで「ユートピアあるいはディストピア」という言葉を使っている。
これから紹介する世界が、そのほとんどが読み手によって、ユートピアとみなすかディストピアと考えるか、どちらでもないと感じるか異なるからだ。同じ1人の読み手でも、1回目に読むのと2回目に読むのとでは、捉え方が変わるかもしれない。

作家たちも、ユートピアまたはディストピアのどちらかと決めつけるような書き方をしていない。おそらくどちらでもあり、どちらでもないと考えているのだろう。
(村田沙耶香なら『消滅世界』も有名だが、こちらの作品についても今後、本記事への加筆修正または別の記事で、触れていきたい)

中島たい子『LOVE & SYSTEMS』の4つの国

4章から成り、1人の男性記者が各国・地域での取材活動で出会う、そこで生きる人たちや彼自身の「愛」が描かれている。
登場するのは、N国、J国、パングゥ、F国という4つの国と地域だ。

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中島たい子『LOVE & SYSTEMS』感想―4つのユートピア/ディストピアを見つめる

多くの国が人口減による衰退の危機に瀕したあとの世界。
N国とF国はそれぞれ対照的なシステムを作り上げ、繁栄を取り戻した。
J国は有効な対策をせず、衰退の一途を辿っている。
パングゥはある国にある独立自治体地域で、システムらしいシステムがない。「自然な心の動きと理性」で成り立っている。

「アマナ」のN国――強固な婚姻・家族制度

婚姻・家族制度をより強固なものとした国。
男は仕事でお金を稼ぐことが仕事。作中で詳らかにはされていないが、受ける教育や職業選択の自由はあると思われる。
女は夫をサポートし、子を産み育てることが仕事。職業を持つものはほとんどいないようだ。男とは異なる教育機関で妻としての仕事や心構えを学ぶ。
国民はみな、政府機関「家族庁」のマッチングさせた相手と結婚する。自分で相手を選ぶことはできない。
制度教育のおかげか、家族間の愛着は強い。

ファーストネームは存在せず、持てるのはファミリーネームのみ。
家族は互いをオット、ツマ、ムスコ、チョージョなどと呼び合う。
システム導入時は反発も大きかったが、やがて定着した。

「トレニア」のJ国――絶望的な未来

人口減に対し、移民で補うくらいの対症療法的なやり方でしか対策してこなかった国。
ここだけは比較的はっきりと「ディストピア」として描かれている。
労働力はごっそり減り、経済は困窮し、かつての大都市も廃墟化。政治もまともに機能していない。
社会保障などあるわけもなく、老人でさえも生きるために日銭を稼ぐしかない。

結婚は誰でもできるが、実際にするのは、財産を持っている者ばかり。その目的も、家族を作るとか好きな人と暮らしたいとかではなく、財産を守るということだけだ。

放っておけば日本もこうなる、という意味では「ディストピア」でなくただの「近未来」ともいえる。

「ナコの木」のパングゥ――理性で維持される地上の楽園

外からは正確な実体の知られておらず、「地上の楽園」「世界で一番幸せな国」と噂される地域。
かといって、外から来る人を排除するわけではなく、住民はみな一様に親切で穏やかだ。
この地域には、法律も役所も貨幣もない。国境も制度もない。
人々の意思決定は、有志の「ミーティング」で行われる。
共同体を維持するのは、自然な心の働きと理性だ。
食料や生活用品は主に自給自足で賄われ、住民は物々交換(サービス含む)で生活している。

「ヒメジョオン」のF国――徹底した個人主義

婚姻制度を廃止し、子育てを国が請け負うことで、最も成功した国。
子は一様に専門機関に預けられ、成人するまで育てられる。そのため、産んだ女性もすぐに仕事に復帰できる。
両親がその後別れたり、べつの相手と子を作ったりするのも一般的だ。
親たちは、子育てはしなくても、自身の子が社会の優秀な働き手になることを望んでいる。
国民にファミリーネームはなく、ファーストネームだけが存在する。

村田沙耶香『殺人出産』の3つの世界

こちらはそれぞれが独立した4つの物語で、舞台はいずれも現代~近未来の日本だ。
3編目『清潔な結婚』は、特有のシステムや価値観はなく、現代日本においても起こり得る出来事が描かれているため、今回は扱わない。

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【書評】村田沙耶香『殺人出産』(仮・準備中)

「殺人出産」――10人産めば、1人殺せる

人口維持のため、「殺人出産システム=10人産めば1人殺していい」が導入された世界。
殺人出産を行う人は「産み人」と称され、崇められる。男性でも人工子宮をつけて「産み人」になることができる。
「産み人」として10人産むことをせずに殺人を犯した者は、「産刑」という、一生牢獄のなかで出産をさせられる超過酷な厳罰が与えられる。

もちろん、一般人が出産をすることもある。ただし妊娠は人工授精によってなされ、セックスは愛情表現や快楽のためだけの行為になっている。
子が欲しい人は人工授精による出産か、産み人から産まれた子を引き取ることになる。
「殺人出産システム」が導入されてまだ30年ほどのようなので、システムやシステム導入による家族形態や価値観の変化、世代間の乖離に戸惑うような描写もみられる。

「トリプル」――3人で恋愛

10代・20代を中心に、3人での交際が広まりつつある世界。
(3人での交際が当たり前というわけではないので、ユートピアとかディストピアと呼ぶのは微妙かもしれない)
交際している3人を「トリプル」と呼ぶ。
キスもセックスも3人でして、そのやり方はカップルの場合と異なる。
一方でカップルで交際する若い子もいるし、トリプルという交際形態を良く思わない人もいる。

「余命」――好きなだけ生き、死にたいときに死ねる

医療の発達により「死」がなくなった世界。
「死」はそれぞれが「そろそろかな」と思ったときにするものになった。
若いうちに死を選ぶ人もいれば(子供でも自由に死ねる)、何百年でも生きようとする人もいる。
死に方も死に場所も自由。薬で楽に死ぬこともできるし、苦しい死に方を選んだっていい。
けれども、「死に方や死に場所に人間性やセンスが出る」と、残される人の目を気にする者も多いようだ。

ユートピアかディストピアか、正解はない

作家たちは、これはユートピアです、こっちはディストピアです、という提示をしていないし、読み手にどちらか判断するよう求めてもいない。
けれどもこの2冊に限らずディストピア小説に出会った読み手は、この国はユートピアでその世界はディストピアで、あれはどっちでもなくて……と自分なりのジャッジをし、自分にとって最高の世界を考えることだろう。思い入れのある題材ならなおさらだ。
そしてある読み手は新しいユートピアあるいはディストピアを考え出し、ある読み手は世界の見方を少しだけ変えるのだろう。

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