「女は言葉で男を殺す」どころか、自分も元夫も殺そうとしていた話

中村うさぎ『愛という病』という本を、家の本棚にあったので読んでみた。

中村うさぎ『愛という病』新潮文庫(Amazonのページにリンクします)

10年以上のコラム集であって、古さを感じさせる表現や視点は確かにある。
けれども10年前の当時わからなくて、年月を過ごすあいだに忘れてしまったことや、もやっとしたまま置いてきてしまったもの。あるいは、意外と変わっていないこと。
そうしたことを思い起こし、自分の代わりに言葉にしてくれる。
なかには、放っておいてくれた方がよかったよというテーマもあれば、あれはそういうことだったのか! という気持ちにさせてくれる一文もあった。

そのなかで、「女は言葉で男を殺す」という一章が気になった。
またいつもの自己分析をしながら、その理由を書いていく。

「女は言葉で男を殺す」――という章について

ある裕福な一家で起きた、兄が妹を殺してバラバラにするという事件を考察する章だった。
兄はある職業に就く両親と同じ道を歩もうとしていたが、うまくいかず足踏みをしている最中。
妹は、両親と同じ職でもお嬢様コースでもない、全く別の道を選んでいた。
殺意の引き金になったのは、妹の兄に対する「生き方批判」だろうといわれていた。
「私には夢があるけど、お兄ちゃんには夢がない」「お兄ちゃんがしていることは、人のマネだ」
こうした妹の言葉は、兄にとって痛手だった。
兄は「必要以上に他者の期待に応えたがる(=親や世間の期待に応えられなければ自分には価値がないと思う優等生」であり、すなわち自分の価値観を持たず他人の価値観に過剰反応してしまう人だった。
だから妹の「人マネ」発言に、殺意を抱くほど激怒した……と、章の前半で中村氏は考察している。

ここで私は「あっ」と思った。

登場人物2人とも私だ

この妹は私で兄は元夫、いや、兄も私だ、と。

それこそこの本が発売された前後数年のことで、私はこの間、大学生活・就職・結婚を経験している。
生活のあらゆる面でうまくいかず、自分がとんでもない無能であることを突きつけられていた私は、その無能感や居場所のなさ、ついぞ何者にもなれず、自分1人では暮らしてさえいけないということに苦悩し、絶望していた。
当時の私はその苦悩と絶望のあまり死にたかったが、それを自覚できていなかった。と、今の私は推測している。
そのなかで踏み切った、性格・価値観などの点で「全く合わない」相手との結婚は、自傷行為のようなものだった。
けれども結婚1つで死ねるわけがなく、自分を「楽に」してくれない元夫に嫌悪・憎悪を抱くようになっていった。

このくだりは、こちらの記事が詳しい。

自己肯定感の低い人間は、好きでもない相手と結婚も離婚もするし家だって買う4

私の元夫への印象は惨憺たるもので、今もほとんど変わっていない。

文化的素養がなく、趣味が幼稚またはマス的。だから話していてもつまらない。
しかもその趣味は、妹から影響を受けたもの。およそ自分というものがない。
食べ物に賎しく、知性や品性を感じない。
考え方が昭和的。人生観が甘すぎる。
そのくせ自信に満ちあふれているのが、腹立たしい。

結婚生活後半から末期にかけて、私は夫のことをそう考え、時にはその一部をマイルドな言葉に置き換え、本人にぶつけた。
(なにか安全弁のようなものが働いて、思いつく限りの残酷な言葉を吐ききることはできなかった)
「没個性的でつまらない」「主体的に考えることなく、親の期待に添う道や先生に提示された道を、のうのうと歩いてきた」
といった具合に。
自分のことを棚に上げてというか、寧ろこれは自分に対する評価でもあった。
自分の短所を勝手に元夫に投影し、自分の代わりに元夫に対して攻撃的な感情を抱いていたのだ。

特に元夫の方からも嫌われ出した結婚生活末期、私は元夫に対して呪詛をぶつけ、
「あわよくばショックで心停止か自殺でもしないかな」
と本気で考えていた。
逆上した元夫に、自分のほうが怪我させられたり殺されたりするのもアリだと思った。それで元夫の人生は少なからず狂うからだ。
(このとき、死にたいという自覚はまだなかった。元夫の経歴に傷をつけるという意味でしか、死を捉えていなかった)
とにかく自分が相手以上に傷ついてでも、元夫に痛手を負わせたかったのだ。

著者の考察、続き

中村氏はこうも述べている。
実は相手への殺意を日常的に抱いていたのは、妹ではないかと。

どうも兄は妹に対して近親相姦的な願望を抱いていたらしいということと、また一説によると、妹は兄の暴力・暴言の的になっていて、両親もそれを黙認していたらしいということがその根拠になっている。
(いずれも不確定なことなので、氏の考察は憶測の域を出ないのだけど)

妹の兄に対する殺意というのは、弱者に甘んじることを拒絶し、抑圧者の暴力や性的視線に対して強烈な嫌悪・抵抗感に由来していた。
だから妹は、兄の暴力を受けながらも、死の間際まで兄への痛烈な非難をやめなかった。すなわち、言葉で兄を殺そうとしていたのではないか……というのだ。

この兄妹の結末は、かつて私が望んだ結末だ

少し強引ではあるが、この兄妹を、私のケースに置き換えてみると、

  • 兄=元夫(経済的にも物理的にも私よりずっと強い)そして、私自身が無能でつまらない人間であるという事実
  • 妹=元夫と内なる自己評価に苛まれたり反発したりする私(考える主体)

ということになる。
私の場合、件の妹と同じく弱者であること(元夫そして自分の無能さを受け容れること)は拒否している。
けれども元夫を攻撃する言葉は徹底的ではなかった。
また、元夫を攻撃することは、そこに投影されている自分を攻撃することでもあった。
たぶん、自分が死ぬ/相手を死なせることが怖かったとか、結婚生活における私の責が重くなり、離婚の際の条件が厳しくなるのを避けようとしていた。つまり望んでいないはずなのに、生き延びること、そして生き残った後のことも考えていたということだ。

だからだろうか。
元夫も少しは怒り、傷ついただろう。自覚して行動を改めようとしたこともあった。
でも元夫が根本から変わることはなかった(というか、3日で元に戻った)。
元夫の自己肯定感の高さゆえだろう、私の呪詛はたぶんどれも、元夫の痛手にはならなかった。
私は元夫を変えることも、殺すことも、犯罪者にすることもできなかった。
なんの根拠も見当たらない、なのに堅牢なまでの自己肯定感を前に、私のヤワな言葉は砕け散った。

私には当時の元夫の気持ちを慮り、「あのときはごめんね」と思うことができない。
当時のことを振り返るとまず先に、未だ対象のはっきりしない憎悪ばかりが湧いてくるからだ。
でもたぶん元夫は今も、かつて私も住んでいたあたりで、元気に生きているのだろう。
私のことなんか、忘れているはずだ。

私もまあ、生きてはいる。でも、幼い頃から「産まれない方が楽じゃね?」と考えているような、もともと生に否定的なタイプだ。
幸いにも、自分にはもったいないほどよき人と出会い、結婚までしてもらったけれど、元夫との結婚生活はまだ忘れられない。
こんな記事をいくつも書いていることがいい証拠だ。
今でもまだ、あわよくば自分の言葉で殺したいと思っている。
元夫も、あのとき死なせてあげられなかったあのときの自分自身も。

「女は言葉で男を殺す」のは、たぶん本当だ。でも一緒に自分をも殺したいというのは、欲張りすぎだろうか。

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