異世界にでも行かなければ、私は子を産めも持てもしない

私は結婚はしているが、子を持ちたくはない。
理由は自分でもよくわからない。
産みたくないのか、育てたくないのか、その両方なのか。
産みたくないだけなら、自分以外の誰かが産んだ子なら育てられそうと思えるのか。
育てたくないだけなら、育児をしなくていいなら産めそうと思えるのか。
こうやって分解してみても、わからない。

理由なんてどうでもいい。子を持ちたくないという本音、それがわかれば結構。
夫ならそう言ってくれそうな気もする。
けれども、放ってはおけないのだ。
理由を考えようとしているのが誰かのためなのか、子を持つ可能性を探ろうとしているのか、あるいは単なる探究心なのか。
それもやっぱり、はっきりしない。

こんな状態だから、ただ理由を探ろうにも、「何故?」と思うだけでは一歩も進まない。
ということで今回は、「出産・育児をすることを前向きに考えられそうな条件」を考えてみることにした。

これからなんとか産める気になるだろうか

出産のハードルは主に2つ。
妊娠(人によっては妊娠前)から出産に至るまでの身体・精神的な負担が大きいこと。
産んだ後に育児が待っていることだ。

生殖の仕組みに逆らうしかない

痛みに苦しみに不自由さに情緒や体質の変化。母体に課されるリスクはあまりに大きい。
体力もなくビビりで避けられる苦痛なら絶対に避けるタイプの私からすれば、もう生殖の仕組み自体が間違っているとしか思えない。
殖えすぎないように妊娠・出産のリスクを大きくしているなら、そりゃもう殖えなくて当然じゃね? という気持ちになってくる。
けれども妊娠・出産をノーリスクでできるようになるほどの超絶進化は望めないので、結局は「体外受精・人工子宮」が当たり前になれば……という結論になる。
当たり前とは、やっぱりノーリスク(ローリスク)かつ周りからとやかく言われないレベルには普及、という意味だ。
(「産む」を「妊娠して子宮の中で育てて時期が来たら体外に出す」と定義するならもう「出産はどうしたって無理」という結論になってしまう)

「体外受精・人工子宮」が当たり前になれば、パートナーがいない人や異性同士のペアでなくても実子を作りやすいとか、セックスを「子を作るための作業」にせずに済むなどといった、副効果も出てくるだろう。
いいことばかりとは限らないけれど。

SFの設定を考えているみたい

私は妊娠・出産よりも育児のほうに恐怖を感じているようだ。
育児の方が期間がずっと長く、「何が起こるかわからない」度合いが大きい。怖い。
そして、子が日に日に自分に似てくるかもしれないことも、自分自身が子にとって毒になるかもしれないことも、子が世界や社会の不条理に苦しむであろうことも、全部怖い。
だから、ディストピア(ユートピア)ものの創作物でもたまに見られる、「産まれた子を、国の信頼できる専門施設が育て上げてくれる」という制度(設定)。これに尽きる気がする。これを望んでいる人は、私以外にもきっといるだろう。

そのような状況下なら、私はいまほど「産みたくなさ」に苦しむことはないし、産めた子は国に預けるだろう。
けれども、自分で育てたがるとか、預けることに疑問をもつ親も出てくるはずだ。
そのあたりの感情を完璧にコントロールするのは、たぶん無理だ。
預けるか否かは、自由に選択できる。なおかつ預ける派(預けている親とその子)・預けない派(自分で育てている親とその子)が断絶なく尊重しあえるように。
あと、預けられた子の教育も一律でなく、適性や希望に合わせて柔軟に変えられるといい。

こんなのはやはり、どんなに遠い未来でも不可能なユートピアだろうか。

好きなディストピア(私にとってはユートピアかもしれない)作品については、いずれ紹介したい。

これならなんとか育てられる気になるだろうか

妊娠・出産を経ての育児には、実はもう1つの恐怖がある。
約20年ものあいだ生活を共にする相手が、自分の子だということだ。
先にも述べたが、私は子が自分に似ていくところを見るのも嫌だし、自己と切り離すことができなくなることもとても怖い。
特に育てる子が実子であれば、そうしたことが起こるおそれは大きそうだし、事態も深刻化しそうだ。
産んだ子と自分の相性が悪い場合などは、相手を自分の直系だと思うからこそ、感情もこじれやすいだろう。
だから、産まれた子は一旦国が預かる。育児を希望する大人がいれば、最も相性の合う子をAIが選んでくれるというのはどうだろう。もちろん大人側、子側の意思は考慮される。
預かられている子の年齢はさまざまで、大人側が育てる子の年齢もさまざまだ。

とはいえ、実際に一緒に暮らしてみれば、やはり違うということもあるだろうし、育てられなくなることもあるだろう。
そういうときに備えて、国・個人間での子のやりとりはある程度流動的にできてもいいと思う。
返された子は、再び別の大人の元へ預けられるかもしれない。
子をあまりに軽んじてはいないか、という批判もありそうだが、お互いに辛いところを約20年も堪え続けるよりはよっぽどマシだ。
事情に合わせて人が行き来することは、べつに人権や人命を軽んじていることではない。
一定の基準を設けるとか、大人と子、両者の意思が最大限に尊重されることはもちろん、子を返すことそして子を返した大人を悪としない、返された子を憐れなものとせず、血のつながった親子・つながらない大人と子供、どちらの組み合わせにも上下や優劣はないという価値観も重要だ。

ただし、発達心理学においては、子供は社会的、精神的発達を正常に行うために、少なくとも1人の養育者と親密な関係を維持しなければならず、それが無ければ、子供は社会的、心理学的な問題を抱えるようになる、とされている。
この視点からいえば、私の提案は好ましくないだろう。
せめて同じ子をやりとりする期間や回数を制限するとか、返された子をフォローする手厚い体制があるとかならまだいいのだろうけれど、やはり大人本位すぎる話かもしれない。

参考:愛着理論 – Wikipedia

以上から、私みたいな人間が出産・育児を両方できるようになると思える条件とは、

  • 「体外受精・人工子宮」が当たり前になること
  • 産んだ子は1度国の専門施設が預かること
  • AIが選んだ最も相性のよい子を育てられること
  • 事情によっては、子を国に預け返してもよいこと
  • いかなる形態の親子も、等しく尊重されること
  • 優先されるのは、育てる大人と育てられる子の意思であること

の6つだということがわかった。
つまり、私が出産可能年齢にある間には不可能ということだ。
こんな世界は存在しないユートピア。それでも産めというなら、異世界にでも行くしかない。

そして当初考えようとしていた、自分が子を持ちたいと思わない理由。
「(私からすれば)全部怖いし全部無理」だからだ。
あるいは、もっと根本的で触れるのがつらい理由があり、それに蓋をしていて、理論武装の真似事をしているのかもしれない。
いずれにせよ、孕み産み育てる人たち(一部除く)は、ほんとえらい。

異世界に行かずに子を産み、育てるには

金を寄越せ、うなるほどの金をよ。
5000兆円ほしい。
できないこと、しんどいことは金でぜ~んぶ解決だ!
うるさい輩も、みんな金で黙らせるぞ!

何がとは言わないが、滅びよ

真面目な話、結局は元手と見返りなんだよ。
莫大なリスクを賭けて育てたところで、見返りなんかないもん。
言っとくけど、子に見返りを求めるのは間違いだぞ。
大人の都合でこの苦界に産み落とした以上、育てるのは親の責任なんだからな、いまのところは。育て上げたところでようやく罪が償われるの。育てた見返りなんて、存在しないぞ。
だから国、元手と見返りを大人に与えるのはお前なんだよ。産めよ殖やせよっていうんならなおさらな。
でも、くれないんだろ?

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