結婚前の私に母が浴びせた最悪の台詞4つと、そこから見えてくること

私は母親が好きではなく、これまでにも母への非難を含む記事をいくつか書いている。
最も詳しい記事:
毒親認定したいけどできないなら、ひとまず「準毒親」と考えてみる?

母への忌避感が決定的となったのは、実はさほど昔ではない。
現夫との結婚の、数ヶ月前のことだ。
このときにした会話での母の言葉は、大きな呪詛となった。またそれらには母の欠点が如実にあらわれていて、「絶対にこうはなるまい」という反面教師になったほか、さまざまな知見を得られるところでもあった。
というわけで、本当は思い出したくもないのだが、今回は当時の母の台詞やそれらに対する私の感想、そして母の心情の考察を記していく。

不機嫌なババア

現夫が「(私と)結婚したい」と両親に挨拶に来た。
夫側の親には承諾を得ていて、私の父も(腹の底はどうあれ)特に反対はしていなかった。
母だけが不機嫌だった。

明言はしていなかったものの、母の反対意思は明らかだった。
理由は単純だ。勤務先が自分の知らない会社。業種は自分の理解の範囲外。学歴も決して高くはない。それだけのことだ。

最悪の台詞たち

ここで紹介する台詞が時系列順であるとは言い切れない。
実台詞やその時の気持ちのいくつかは覚えているけれど、話の流れや自分が何を言ったかは、実はあまり記憶にないからだ。
防衛本能的なものだったのか。とにかく確かなのは、会話のあいだじゅう、とても息苦しかったこと、詰まりながら発話していたことだけだ。

はじまりは、挨拶の数日後。
私の「式場見学した」という発話と、
母の「ハァ!?」という反応だった。
言う私もバカなのだが、当時の私は「言わなければならない」と思い込んでいた。
たぶん、幼い頃からの母との関係性により、なんでも報告する癖が出来上がってしまっていたのだろう。

このような習性に類似した「なんでも親にお伺いを立てる癖」はAC(アダルトチルドレン)によくある特徴なんだとか。
個人のブログだが、この記事などがわかりやすい。

【ACあるある】なんでもかんでもまず親にお伺いを立てるクセ – ますかけにっき。

そのときの私はといえば、脳内でいわゆるもう1人の自分が「言うな言うな」と警告していたし、言いながらとても胸苦しかった。
そして、次の母の台詞につながっていく。

「もしお父さんが反対してたら、アタシが応援してあげるつもりだったのに」

母「アタシは賛成しないよ。お父さんが反対しないから、アタシが反対するんだよ。もしお父さんが強く反対していれば、アタシはあんたたちのこと応援してあげるつもりでいたのに」

私は絶句した。
母のこの台詞には、2つの問題点がある。
1つは、「~してあげる」という恩着せがましい言い方。これは常日頃からの母の習性だ。

なぜあの人は「~してあげる」と言うのか、そして言い続ける人たちへ

もう1つは、父の出方によって自分の態度を変えるつもりだったと言っている点だ。

母の口ぶりは、そのときの攻撃的態度を父の責任にしているかのようだった。
父の出方がどうだろうと、夫のスペックは変わらない。だからいずれにしても、母は反対感情を抱いたはずだ。
あまりの軽薄さに、さすがに母にもの申すのが苦手な私でも、「父の意見に左右されないで、自分だけの意見を言って」と言い返すことができた。
母の反応はよく覚えていない。
腹立たしげに「そうだよ反対だよ」と言ったかもしれないし、怯んで口を噤んだかもしれない。

「おばあちゃんも反対するに決まってる」

次に母が打ってきた一手は、「虎の威を借りる」ことだった。
「おばあちゃん」とは、遠方に住む父方の祖母のことだ。

反対しているのは母である。けれども母は反対するかどうかもわからない祖母を持ち出し、主体たる自分を隠した。
(祖母にとって私の結婚相手など、よっぽど悪い男でなければわりと誰でもよかったと思う)
これも複数の解釈ができるところで、単に「虎の威を借り」てでも自分の要求を通したかっただけなのかもしれないし、他者の存在を借りてでないと意思表示ができないのかもしれない。
情けないのは後者のほうだ。その目的が責任転嫁や、私の敵意を自分からそらすことにあるからだ。
感情や欲求はあるが、それを主張する以上の行動はできないし思慮もしないといったところだろうか。

あの人が「断言」することができるのは、「中身」が死んでるからかもしれない

「アンタ絶対に苦労する」

今してるよ……と私は思った。将来するとしても絶対お前のせいでだよ……とも。
おそらく、夫実家の経済状態や、姑の介護可能性のことを指して言ったのだろう。それはまあ、もっともだ。
しかしこの手の「苦労」は、天涯孤独な富豪とでも結婚しない限りはどこにでもあるものだ。
今更母に言われるまでもない。私は呆れと疲れで、ただ閉口した。

しかしこれは今後、強力な呪いとして作用するおそれがある。
今後、夫実家由来でつらい状況に陥れば、この母の台詞は100%思い出されるだろう。
特別でない、ありふれた「苦労」なのに。
もし母が「ほら言った通りでしょ」と勝ち誇ったら、私は「あなたにさせられた苦労よりはよっぽどマシです」と言い返せるだろうか。

「子供だけは産みなさいよ」

これが母への忌避感をもっとも強く決定づけた台詞といえる。
当時の私は「子を持つのは無理」という気持ちを拗らせていて、この台詞が問題をさらにややこしくした。
私はといえばもう反論する気力もなかったので、「まあね……」と濁すことしかできなかった。

その後の母の反応は、記憶にない。
母は「子産め」というこの要求を私が呑んだと思ったのだろうか。
私が母の要求を呑むことで、母が結婚を認めるような形になったのだろうか。
よく覚えていないのは、その状況があまりに不本意だったことによるストレスゆえだろうか。

「産めない気持ち」を書いて整理したら、折り合いをつけられそうになった話

お話になりませぬな

「今後は、お互いに言いたいことは隠さず言いましょう」
会話はそのような言葉で締めくくられた。
私が言ったような記憶があるが、どんな流れでそのような台詞が出てきたのかは思い出せない。
しかし、口でそう言いながら「母には絶対に本音を話さない」と心に誓っていたことはよく覚えている。
もしかしたら、このときの会話は文字通り「話にならなかった」のかもしれない。
そのことに疲れて、「続きがあればまた今度(=今日はもううんざり)」という意味で、私はそう行ったのかも知れない。

母が論理的・効率的に物事を考えたり話したりするところを、私は見たことがない。
整理されないままの言葉が飛び出すから、話はとっ散らかっている。
言葉が足りないから、相手は文脈からその意味を汲まなくてはならない。それは相手の善意と労力に頼るところとなる。相手は、疲れる。
自分の都合の悪いことを詰められたり、理解の及ばないことを言われると、聞こえないふりをするのが常だ。

かく言う私だって、論理的思考に長けているわけでも、頭の回転が速いわけでもない。適切な言葉を素早く選び取り発話するのも苦手だ。でも、そうありたいとは思っている。
重要な話をするときは特に、じっくり腰を据え、相手の意見をちゃんと聞き、自分も考える時間をたっぷりもらって意思表示し、互いにっって最良の道を見出したい。

でも母が相手では、それが叶わない。まともな話し合いができず、軽い日常会話を交わすので限界なのだ。
先述した母の特性ゆえであり、こちらもその話しぶりや考え方に嫌気がさしてくる。息苦しさや発話の詰まりといった身体反応もある。とにかく一刻も早くこの会話を切り上げたいという気持ちになるのだ。
だから、「話にならなかった」のだろう。

まとめ

すべてを思い出せないにもかかわらず、母の台詞そして母との会話は、私にとってはあらゆる面で非常に示唆的で、家族観・価値観を大いに揺らがしたものだった。わかったことは、

  • (うちの)母とは何者なのか(実はとても無力で脆いものではないかということ)
  • 血のつながった親子であろうと、相容れないものは相容れないし、無理に好意を持とうとしなくていいということ
  • 話をするときやものを考えるときにしてはいけないこと

この会話を思い返すのは、非常にストレスフルな作業だった。
けれど、そうした甲斐はあったのかもしれない。

体毛の業ー30代の私は脱毛で10代の私を慰める

脱毛に通っている。
以前はサロン脱毛には通っていたが、望む効果は得られなかったので、この夏から医療脱毛にシフトした。
脱毛箇所は、腕と脚、顔、そしてVIOである。

VIOとは、腿の付け根やアンダーヘアの生えているあたりから肛門周りまでの一帯を指す。
よくわからない、気になるという方は、おのおの検索して調べてもらいたい。

VIO脱毛の目標は人それぞれで、形を整える、毛の量を減らす、毛質を柔らかくする、全部なくすなどが挙げられる。
すべてひっくるめて言うと、VIO脱毛とは「陰毛の調節」だ。

脱毛の料金はここ数年で格段に安くなっているし、いい加減剃っても剃っても生えてくるのにうんざりしていたところだ。
特にVIOは、手入れするだけで首や肩が凝る。怠ると痒くなる(人によるが)。
毛に付着した排泄物を取り除くのも面倒臭い。
だから私は腕や脚、顔といった「外から見える」箇所だけでなく、VIOという「外から見えない」箇所の脱毛に踏み切ったのだ。

医療脱毛を始めて日は浅いが、経過は順調だ。
1回で毛はぼろぼろ抜けたし、生えてくる毛の成長もめちゃめちゃ遅い。
つまり、腕・脚・顔とともに、私のVIOはとても快適であり、今後は快適さを増してゴキゲンになることが予想されるというわけだ。
(脱毛の機械はクリニックによって異なり、体質によって合う合わないがあります。私自身も今後、回数と時間を経てどうなるかわかりません)

20代の私と彼女の毛

学生時代のサークルに、とても可愛らしく性格もよく、しかも行動や言葉の端々から育ちのよさを滲ませている後輩がいた。
私はこういう人とコミュニケーションを取るのが苦手だ。
私みたいな下賎の輩が話しかけることで、不愉快にさせはしまいか汚しはしまいかと、勝手に困ってしまうのだ。
私が属していたサークルは、活動に着替えを必要とするものだった。
女子更衣室で、ボトムを脱いでいた彼女を見て、私はぎょっとした。
白だったかパステルピンクだったかレモンイエローだったかまでは覚えていないが、たぶん普通に可愛いパンツの前が、もこもこといびつに盛り上がっていた。
自然そのまま、野放図に伸ばされた毛だった。
勢いがありすぎて針みたいになっているやつが、パンツの生地を突き抜けて外に出てすらいた。
そこだけ別の生き物みたいだった。
不格好を通り越してグロテスク――いや、それすらも飛び越えて、なんかもう面白い。
ぎょっとしたそのあと湧き上がってきたのは、「彼女にも美しくない部分はある」という安堵感だった。
(ちなみに当時の私は、はさみで切って量を調節していた)

10代の私と私たちの毛

さて、さらに古い時代を思い出してみる。
私(30代前半)くらいの年代でいえば、中学生頃に体毛の処理を始めた人が多いと推測する。
私自身も、中学生の頃に家にあったシェーバーを使って腕や脚の毛を処理し始めた。
腕や脚はおそらく人並みだったと思うが、顔の毛は濃く、放っておくと眉毛がつながってしまう。
それを小学生の頃、アホの男子に執拗にいじられたこともあるし、眉毛のつながった自分の顔はどう見ても滑稽だった。
だから理容院で顔のシェービングをしてもらい、その直後の状態をキープするため、毎日手鏡を限界まで顔に近づけては、毛抜きで抜きまくった。
腕や脚であれ顔であれ、この無数の黒くてもさもさしたのが生えていると、醜い。だから排除する。
あったのは、その気持ちだけだ。

毛で傷つき、毛で慰める

そういう私を見て、真っ先に、そして一番強く反応したのは母だった。必死に毛の処理をする私を見て、「剃ると太くなるよ」「抜くと増えるよ」など不確かな情報を吹き込む。明らかに不機嫌になる。嫌味を言う。揶揄する。
娘が「色気づく」のが嫌、垢抜けていくのが嫌、自分よりダサくてコントローラブルなまま置いておきたい――という感情を言われずともビシバシとぶつけられて、非常に気色悪かった。

特に眉毛へのコンプレックスは拗れに拗れていたため、眉毛は一時、極端に少なくなってしまった。
それを私のことを気に入らない担任が評価を下げる取っかかりにした。機嫌を悪くしていた別の教師のターゲットにされたこともあった。同級生にもちくちくいじられた。

私はといえば、そうした憂さを晴らすように、同級生女子の腕や脚を観察しまくった。
まだ体毛の処理を始めていない子を見つけては心中「だせぇ」と見下し、処理をしている子でも剃り残しがあれば、「まだまだねウフフ」と思った。

体毛はかくも罪深い

人間の体毛の多くは、皮膚を怪我から守ってくれるわけでも、有害な菌を退治してくれるわけでもない。
そのくせ、手間を生み、コンプレックスを生み、周りの人の心までもざわつかせる。
学生時代の例だって、私は後輩の毛を見て安心したけれど、後輩にとっては低く見られてしまったということだ。
体毛とは実に罪深い。

毛で過去を許し、毛で未来を慈しむ

繰り返すが、私がVIO脱毛をする目的は、「快適さ」だ。
けれどもVIO脱毛には、黒ずみを軽減するとか、手触りをよくするなどというメリットもある。
外から見えない部分を美しくするのは、「美意識が高い」と言われることだ。
私は無意識にそれをも求めていて、「快適で美意識も高い私」を目指すことで、過去体毛に苦しめられていた私を「あんたは悪くない」と慰めようとしているのかもしれない。そして、これからの自尊感情も高めようとしているのかもしれない。

せっかくなので自分用ライフハック

他人の陰毛事情は、確かめるのが難しいことだ。
だから、次にどうしても敵わない相手や、嫌な相手に出会ったら、
「でもあんたボーボーじゃん」
と勝手に思ってみようかな、と考えている。
そうしたら、少しだけ気が楽になるかもしれない。
もし確かめる機会があって、その人のVIOが美しかったら、潔く降参できそうだ。

異世界にでも行かなければ、私は子を産めも持てもしない

私は結婚はしているが、子を持ちたくはない。
理由は自分でもよくわからない。
産みたくないのか、育てたくないのか、その両方なのか。
産みたくないだけなら、自分以外の誰かが産んだ子なら育てられそうと思えるのか。
育てたくないだけなら、育児をしなくていいなら産めそうと思えるのか。
こうやって分解してみても、わからない。

理由なんてどうでもいい。子を持ちたくないという本音、それがわかれば結構。
夫ならそう言ってくれそうな気もする。
けれども、放ってはおけないのだ。
理由を考えようとしているのが誰かのためなのか、子を持つ可能性を探ろうとしているのか、あるいは単なる探究心なのか。
それもやっぱり、はっきりしない。

こんな状態だから、ただ理由を探ろうにも、「何故?」と思うだけでは一歩も進まない。
ということで今回は、「出産・育児をすることを前向きに考えられそうな条件」を考えてみることにした。

これからなんとか産める気になるだろうか

出産のハードルは主に2つ。
妊娠(人によっては妊娠前)から出産に至るまでの身体・精神的な負担が大きいこと。
産んだ後に育児が待っていることだ。

生殖の仕組みに逆らうしかない

痛みに苦しみに不自由さに情緒や体質の変化。母体に課されるリスクはあまりに大きい。
体力もなくビビりで避けられる苦痛なら絶対に避けるタイプの私からすれば、もう生殖の仕組み自体が間違っているとしか思えない。
殖えすぎないように妊娠・出産のリスクを大きくしているなら、そりゃもう殖えなくて当然じゃね? という気持ちになってくる。
けれども妊娠・出産をノーリスクでできるようになるほどの超絶進化は望めないので、結局は「体外受精・人工子宮」が当たり前になれば……という結論になる。
当たり前とは、やっぱりノーリスク(ローリスク)かつ周りからとやかく言われないレベルには普及、という意味だ。
(「産む」を「妊娠して子宮の中で育てて時期が来たら体外に出す」と定義するならもう「出産はどうしたって無理」という結論になってしまう)

「体外受精・人工子宮」が当たり前になれば、パートナーがいない人や異性同士のペアでなくても実子を作りやすいとか、セックスを「子を作るための作業」にせずに済むなどといった、副効果も出てくるだろう。
いいことばかりとは限らないけれど。

SFの設定を考えているみたい

私は妊娠・出産よりも育児のほうに恐怖を感じているようだ。
育児の方が期間がずっと長く、「何が起こるかわからない」度合いが大きい。怖い。
そして、子が日に日に自分に似てくるかもしれないことも、自分自身が子にとって毒になるかもしれないことも、子が世界や社会の不条理に苦しむであろうことも、全部怖い。
だから、ディストピア(ユートピア)ものの創作物でもたまに見られる、「産まれた子を、国の信頼できる専門施設が育て上げてくれる」という制度(設定)。これに尽きる気がする。これを望んでいる人は、私以外にもきっといるだろう。

そのような状況下なら、私はいまほど「産みたくなさ」に苦しむことはないし、産めた子は国に預けるだろう。
けれども、自分で育てたがるとか、預けることに疑問をもつ親も出てくるはずだ。
そのあたりの感情を完璧にコントロールするのは、たぶん無理だ。
預けるか否かは、自由に選択できる。なおかつ預ける派(預けている親とその子)・預けない派(自分で育てている親とその子)が断絶なく尊重しあえるように。
あと、預けられた子の教育も一律でなく、適性や希望に合わせて柔軟に変えられるといい。

こんなのはやはり、どんなに遠い未来でも不可能なユートピアだろうか。

好きなディストピア(私にとってはユートピアかもしれない)作品については、いずれ紹介したい。

これならなんとか育てられる気になるだろうか

妊娠・出産を経ての育児には、実はもう1つの恐怖がある。
約20年ものあいだ生活を共にする相手が、自分の子だということだ。
先にも述べたが、私は子が自分に似ていくところを見るのも嫌だし、自己と切り離すことができなくなることもとても怖い。
特に育てる子が実子であれば、そうしたことが起こるおそれは大きそうだし、事態も深刻化しそうだ。
産んだ子と自分の相性が悪い場合などは、相手を自分の直系だと思うからこそ、感情もこじれやすいだろう。
だから、産まれた子は一旦国が預かる。育児を希望する大人がいれば、最も相性の合う子をAIが選んでくれるというのはどうだろう。もちろん大人側、子側の意思は考慮される。
預かられている子の年齢はさまざまで、大人側が育てる子の年齢もさまざまだ。

とはいえ、実際に一緒に暮らしてみれば、やはり違うということもあるだろうし、育てられなくなることもあるだろう。
そういうときに備えて、国・個人間での子のやりとりはある程度流動的にできてもいいと思う。
返された子は、再び別の大人の元へ預けられるかもしれない。
子をあまりに軽んじてはいないか、という批判もありそうだが、お互いに辛いところを約20年も堪え続けるよりはよっぽどマシだ。
事情に合わせて人が行き来することは、べつに人権や人命を軽んじていることではない。
一定の基準を設けるとか、大人と子、両者の意思が最大限に尊重されることはもちろん、子を返すことそして子を返した大人を悪としない、返された子を憐れなものとせず、血のつながった親子・つながらない大人と子供、どちらの組み合わせにも上下や優劣はないという価値観も重要だ。

ただし、発達心理学においては、子供は社会的、精神的発達を正常に行うために、少なくとも1人の養育者と親密な関係を維持しなければならず、それが無ければ、子供は社会的、心理学的な問題を抱えるようになる、とされている。
この視点からいえば、私の提案は好ましくないだろう。
せめて同じ子をやりとりする期間や回数を制限するとか、返された子をフォローする手厚い体制があるとかならまだいいのだろうけれど、やはり大人本位すぎる話かもしれない。

参考:愛着理論 – Wikipedia

以上から、私みたいな人間が出産・育児を両方できるようになると思える条件とは、

  • 「体外受精・人工子宮」が当たり前になること
  • 産んだ子は1度国の専門施設が預かること
  • AIが選んだ最も相性のよい子を育てられること
  • 事情によっては、子を国に預け返してもよいこと
  • いかなる形態の親子も、等しく尊重されること
  • 優先されるのは、育てる大人と育てられる子の意思であること

の6つだということがわかった。
つまり、私が出産可能年齢にある間には不可能ということだ。
こんな世界は存在しないユートピア。それでも産めというなら、異世界にでも行くしかない。

そして当初考えようとしていた、自分が子を持ちたいと思わない理由。
「(私からすれば)全部怖いし全部無理」だからだ。
あるいは、もっと根本的で触れるのがつらい理由があり、それに蓋をしていて、理論武装の真似事をしているのかもしれない。
いずれにせよ、孕み産み育てる人たち(一部除く)は、ほんとえらい。

異世界に行かずに子を産み、育てるには

金を寄越せ、うなるほどの金をよ。
5000兆円ほしい。
できないこと、しんどいことは金でぜ~んぶ解決だ!
うるさい輩も、みんな金で黙らせるぞ!

何がとは言わないが、滅びよ

真面目な話、結局は元手と見返りなんだよ。
莫大なリスクを賭けて育てたところで、見返りなんかないもん。
言っとくけど、子に見返りを求めるのは間違いだぞ。
大人の都合でこの苦界に産み落とした以上、育てるのは親の責任なんだからな、いまのところは。育て上げたところでようやく罪が償われるの。育てた見返りなんて、存在しないぞ。
だから国、元手と見返りを大人に与えるのはお前なんだよ。産めよ殖やせよっていうんならなおさらな。
でも、くれないんだろ?

運転できない人でもできるようになる世界を妄想したかったけど、やっぱり自動運転の超絶進化しかないという結論に落ち着いた

私は運転ができない。
「運転って楽しいじゃん」と言われれば、「ふざけるな! 運転を楽しくだと!」と思う。
私がドライバーズハイになったら一瞬でヘブンズドライブだぞ。乗ってみるか、お前。

だから前回、こんな記事を書いた。

運転を諦めたら楽になった話―できないことをできないと認める

しかし記事を書きながら、そんな私のような人間にも車の運転ができるようになるには何が必要か、考えてみたくなったのも事実だ。
ということで、車体や道路、交通マナーや法規などから、運転が超絶困難な人でもできるようになる条件を並べていく。

私でも運転できる世界を夢想する

運転を可能にする条件を考えるには、運転を困難にする要素を潰す方法を考えることだろう。
自分の考えだけでは心許ないので、こちらの記事も参考にさせてもらった。

車の運転が超絶苦手な理由をいくつか挙げたので理解して欲しい – おおきちナイトニッポン

運転ができないなんて信じられない、という人にはぜひ読んでほしいし、運転ができない人も読めばなんか元気になります。

しかし私の知識では現実的・理論的には考えられなかった。
したがって、工学的なことは一切無視、真面目さも放棄している。

車体の構造から

やはり運転席から、車幅がつかみにくいのは問題。
運転席からその左右の長さは等しく、またバンパーや運転席から車の後部までの距離もできるだけ短く。
助手席をなくし運転席は前側中央に。

アクセルとブレーキが足元にあるのも大問題だ。
アクセルは「はしる」と書いてある青い大きなボタン、ブレーキは「とまる」と書いてある赤いもっと大きなボタンでいいと思う。
これらを手元に。

そもそも、ハンドルがあってタイヤが4本でないといけない理由もない。
運転困難な人間にとってはバック時のハンドルとタイヤの関係がややこしいし、内輪差とか外輪差とかめんどくさい。
なんかもう、ハンドルの代わりに←(左に進む)、→(右に進む)ボタンとかでいいと思う。
車体の下には賢い脚とかが生えてて、適切な角度を感知して進んでくれるのだ。
肉球のついた猫の脚とか、駄目か?

あと、事故ると大変、というのもよろしくない。
運転下手は事故を怖れて余計に運転しなくなり、上達しない。
だから、多少失敗しても平気な車体が望ましい。シリコンとか。
それでいて頑張って空調とかもつけてくれ。

道路のあり方から

シリコン(仮)の車だと、大量の荷物や人は運べない。
今までの鉄の塊の車で走りたい人もいるだろう。
しかし、シリコン(仮)と鉄の塊がぶつかれば、シリコン(仮)側は死ぬ。
なのでシリコン(仮)車用道路と、鉄の塊車用道路を分けよう。

交通法規やマナーから

まずは免許。シリコン(仮)車と鉄の塊車で分ける。

シリコン(仮)車のほうはともかく、鉄の塊車の運転免許をほいほいあげるのはやめよう。
職業上必要な人とか、ないとよっぽど困る人だけ。
私みたいな空間認識能力が死んでるやつとか、学科試験何十回も落ちてる人とかにもあげるのも、駄目。

ほんの少しだけ、未来に期待もしてみる

少数の「車の運転無理な人」のために、自動車業界や政府が動いてくれることはないし、私もそれをわかって真面目な考察を放棄している(でもブレーキやアクセルのボタン化くらいはしてくれていいとも思う)。
望みがあるとすれば、自動運転の超絶進化と、人の行動範囲の縮小だ。徒歩・バス・電車(・自転車)ですべてのことを済ませられるようになればいい。
運転をできないものと認め、相応の生活ができればいいと思っている私だって、そりゃあできるに超したことはないと思っている。
早くなんとかならないものかね。

運転を諦めたら楽になった話―できないことをできないと認める

私は車の運転ができない。
免許は持っていて、ペーパードライバーを脱却しようと練習をしたこともあったが実にならなかった。
運転できるようになろうと足搔いたのは、約5年。
頭のどこかで「これ、無理だ」と思いつつ、それを認めようとしなかったのだ。
自分や夫、両親の貴重な休日を犠牲にし、お金もたくさん使った。

もう少し早い段階で、無理を無理と認められたら、運転の練習に費やした時間もお金ももっと有意義に使えただろう。
今回は、周りが当たり前にやっていることでも、人によってはそれが困難な(できない)場合もある、そしてできないと割り切った方がいい場合もある、という話をする。

車と私の物語

私が自動車運転免許を取得したのは10年以上前の大学1年生の春休みだった。
けれどもその後7年ほど、私がハンドルを握ることはなかった。
大学時代は車を持つ余裕もなかったし、そもそも1人暮らしの学生が車を持つ必要性など、微塵も感じない場所に住んでいた。
その後も車不要、あるいはなくてもなんとかなる土地に暮らし続けた。

ペーパードライバーでいられなくなったのは、その土地を離れて実家に戻ることになったからだ。
実家は地方都市の中心部から離れた住宅地にある。
近隣にスーパーや美容院はあるが、本屋や図書館、アパレルショップはない。
内科や歯科はあるが、自分の持病に対応する診療科がすべて揃っているわけではない。
中心部にはバス1本で行けるが、そのバスは1時間に1~2本しか来ない。
電車など、通ってもいない。

父も母も言った。
「ここじゃ運転できなきゃ生きていけないよ」
「子供ができたらもっと苦労するよ」
「私らが元気なうちはいいけど、そのうちあんたの送り迎えなんてできなくなるんだからね」
ごもっともである。

私が実家に帰ったとき、私専用の新車は、すでに駐車スペースに駐めてあった。
車選びの際は、私も少し意見を挟んだが、結局は車種も色も父が決めた。名義は母だ。
車両代も私は一部しか出していない。父方の祖母の援助があったからだ。
(従兄も同様の援助を受けていた。どうもそういう慣習が出来上がってしまっていたようだった)
私が「運転すること」になんの主体性も希望もないことを、早くも象徴しているようだった。

就職先はすぐに決まり、着任まで日もあったので、運転の練習をすることになった。
幸い、家の周りは道幅も広く整備も行き届いており、交通量は少なめ。練習には最適の環境だった。
父はともかく、母は専業主婦なので毎日のように付き合ってくれた。より熱心だったのも母のほうだ。
助手席に誰かを乗せれば、車通りの激しすぎない場所なら走れるようになった。

けれども、就職までに達成できなかったことのほうが多かった。
後ろ向きでの横列駐車。
あまり機会はないけれど、縦列駐車。
車線変更。合流。
そして、助手席に誰も乗せずに運転することだ。

限界はすぐそこに

就職後も、貴重な休日を潰し、疲れた身体に鞭打ち運転の練習をした。
時間が取れないこともあり、できていないこと中心のトレーニング。
でも就職前より上達することはなかった。

ここからは、当時私が痛感した、自分が運転にとことん向いていない理由を並べていく。

空間認識能力が著しく低い

そもそも、自分の身体の幅もよくわかっていない。
家具やドアに腕や脚、腰などをぶつけるのはしょっちゅうで、常にどこかしらに痣をこしらえている。

そんな人間に、運転席から車幅やタイヤの距離、バンパーの長さなどがわかるわけがない。
バックミラーやサイドミラーに映った後続車が、遠くにいるのか近くにいるのかもわからない。
ついでに言うと、ミラーに映った車が、自分の車線にいるのか隣の車線にいるのかもわからなくなってくる。
駐車や車線変更ができないというより、もはややらせてはいけないレベルだ。

常に変化する複数の情報を同時に処理しながら身体を動かすことができない

主に、車線変更の際に困ることだ。
後続車との距離、右車線に自分の車が入る隙間があるかどうかなど、処理すべき情報量が多い。
しかも情報は、バックミラーを見てサイドミラーを見て、死角は目で確かめて、と自分の目と顔を動かすことで得なくてはならない。その間、前を見られなくなるのも怖いし、先述した空間認識能力の低さがさらに難度を上げてくる。そして情報(状況)は目まぐるしく変化する。
得た情報に応じて、ウィンカーを出したりアクセルを踏んだりハンドルを切ったりと、することも多い。そしてそういうとき、私の脳と身体はうまく接続せず、車を機敏に動かすことができない。

運転できる人達がどうしてああも簡単に車線変更をやってのけるのか、不思議を通り越して恐ろしくてならない。

ハンドルとタイヤの関係を理解できない

バックで横列駐車するときの話だ。
教本には、「ハンドルは、前進のときもバックのときも、進みたい方向に回す」とある。
バックの際にハンドルを右に回すと、右後方に進むということだ。
でもその「右」は、後ろを向いたら左になる。
駐車のときは、自分の顔を前に向けたり後ろに向けたりするし、車もバックしたり前進したりする。その繰り返しが、特にバック時のハンドルの動かし方をわからなくさせるのだ。
混乱はさらなる混乱を生み、前進するときもハンドルを回すべき方向がわからなくなり、最終的には自分が何をしたいかもわからなくなってくる。
あと、バックでアクセルペダル踏むの超怖い。けっこう強めに踏まなきゃならないの超怖い。ブゥンッ! ってなるの超怖い。
窓開けて顔を出せとかシートベルト外せとかいうのもすげーめんどい。

教本の隅に、過去の私の叫びが書かれていた。
・後ろを見ると、行きたい方向は完全に「左」これでハンドルを右にとか、マジで 狂っとる
・絶っっ対にもっと楽に簡単にできる技術って開発できるよね?? 車体の構造とかハンドルとタイヤの関係とか改善できるよね? メーカーとか業界の陰謀なの?? 怠慢なの?? なんのために? 私のようなのを翻弄するため? 弱者をつくって自分が強者であることに酔うため??

横からガーガー言われるとパニックになる

運転に限らず当てはまることだが、できないところにああしろこうしろと横から次々に言われると、相手がいる方向の側頭部がひんやりと痛くなり、思考停止し、涙が出てくる。
そうなったらもう、練習どころではない。
そもそもペーパードライバーになる前、所内教習の第1回でいきなりそうなっていたのだった。

ペーパードライバー講習を受けても無駄無駄

ここに、ペーパードライバー講習で駐車の練習をしたときの、私と教官の会話を記しておく。
教「駐車できるようになるには、反復練習が不可欠だよ」
私「できなくて、パニックになって泣いちゃうんですよ」
教「パニックになったら、その日はもうやめよう」
私「毎回なるんです」
教「……」
沈黙が教官の代わりに、お前には一生できないよと語っていた。

どうすれば? ねぇ私

試していない方法はまだある。
特殊な訓練(カウンセリングや治療レベルかもしれない)を受けるとか、レース場を借りてカート的なものを1日中乗り回すとか。
バック駐車に関しては、数年前のナイトスクープに登場した練習方法をよいと感じた(動画は見つからなかった)。

探偵! ナイトスクープ2016年05月20日放送回 「バックで車庫入れができない」- gooテレビ番組

でも私は、やらなかった。

みんなができて自分ができないことにどう折り合いをつけるか

結局私は、自分にとっての運転とは努力すればきっとできるようになるものではなく、努力ではどうにもならないハンデなのだと思うようにした。
できないということを認める、受け容れるということだ。

ここからは、引き続き「私と運転」を例にとりつつ、できないこととの折り合いのつけ方を考えていく。

練習によって失ったものと、できるようになる可能性・価値を比べる

まずはお金。
新車代、駐車場代、1度駐車に失敗しぶつけたときの修理代、自動車保険代、ガソリンや車検などのメンテナンス代、ペーパードライバー講習代、教習所への交通費。
免許取得費用もこれに含まれるだろう。

次に時間。
自分だけでなく、協力者(両親、夫)の休日。

そして心だ。
みんなが当たり前にできることをできないことへの劣等感。無能感。
運転というもの、車というものへの不満。
うまくいかないときのストレス。
できないことが生む弊害への不安。

練習を続ける限り、これらの損失は積み重なっていく。できるようになるとは限らない。運転が自分にとってどれほどの価値かもわからない。
だから私は、この不毛とも思える戦いを降りた。

「できるようにならなきゃいけない」ときは

「どうしてもできなきゃ困る」状況に置かれた中~高年女性が運転できるようになったとかいう話なら聞いたことがある。
私にも、「できなきゃ困る」と気づいてようやく自転車に乗れるようになったという経緯はある。
「追い詰められる」というのは、もしかしたら最強の武器なのかもしれない。
けれど、それでも無理、もあるかもしれない。そうなったらあとは状況次第としかいえない。

できないことを認めた後は

練習に費やすつもりだったお金や時間、精神をほかのことに向ける。
(運転の場合、車両代や維持費なども浮く)
送料やタクシー代、実店舗で買った場合との差額が気になるなら、練習に費やす時間を稼ぐ時間に変えればいいだろう。
転居の機会があるなら、車なしでも生活できる場所を選べばいい。
できなきゃ困るときの対策も考えておけばいい。
事故を起こすおそれもなくなる。えっ、いいことづくめじゃん。

あとは、うるさい外野の扱いだ。
「運転できなくてどうやって生きてるの」とディスり半分に、あるいは「やればできるよォ」と無責任に言い放つ連中。
できないものはできないということ、それを認めた方が幸せだということをちゃんと説明する。
説明してもわかってくれないような人は、相手にしなくていいと思う。こいつは想像力がないからな、発想が貧困だからな、で溜飲も下がるだろう。
困ることなんてありませんがなにか、という顔をしていよう。

こめるほどの愛があるなら、贈り物には花束などという安易な考えをやめてくれ

先日、受け取る側の立場を考えない仕送りは困るね、という記事を書きながら、

仕送り(お裾分け)は罪深い【1/2】―私はこれで桃が怖くなった
仕送り(お裾分け)は罪深い【2/2】―子の心親知らずっていうレベルじゃねぇぞ!

花束もけっこう困る、ということを思い出した。

「花が好き」には、大きく分けて2種類の人がいる。
1つは、家に飾っているとか育てているとか、急に何本もの切り花をもらっても喜べる人。
もう1つは、花柄や誰かが手入れをしている花、勝手に育っている花は好きだけど、自分で世話するのはまた別、という人。
私は後者だ。

今回は、「花束を喜べない」立場から、花束を喜べない理由や、贈る立場の心情などを書いていく。
(弔花とお見舞いの花については触れない)

大袈裟だから贈られる

花束が贈られるシチュエーションといえば、祝い事(誕生日、発表会や展示会などのハレの舞台など)、あとはプロポーズだろうか。
カラフルな何種類もの花が数本~数十本も集まればそりゃあ見栄えがいい。
1つでもそれなりの大きさのものを選べば、たくさんのものを贈ったふうになり、格好がつく。
包み紙の可愛い色や、くるくるしたリボンも華やかさを添えてくれる。
包み紙がセロファンなら、かしゃかしゃと擦れる音が、カメラのシャッター音みたいで、さらに場を盛り上げてくれる。
受け取る人も多くは、とりあえず笑みを浮かべてくれるだろう。
祝意や謝意の大きさ、そしてその場の成功を演出するのにちょうどいいのだ。

想像してごらん―花束を喜べない理由

手間がかかる

まず、もらって帰ってきた日。
包装を解いて処分。水を張ったバケツにINして枝をカット(水揚げ)。合う花瓶を探し、水揚げを終えた花を美しく生ける。置き場所を探して、置く。
生けて終わりではない。翌日からも大変だ。
水替えは毎日。長持ちさせたいなら、水揚げもするし、花瓶も洗う。それでも花は少しずつ傷んで枯れていくから、見つけ次第処分していく。その都度ごみは出る。花の量が減ると、最初の花瓶も合わなくなる。花瓶を替える。
普段のルーティーンにこれらの作業が加わることを想像してみれば、その面倒さを感じられることと思う。

花束をもらった人すべてがこの作業を行っているわけではない。
花瓶に生けてずっとそのまま、あるいは花束のまま捨ててしまう人もいるだろう。
けれど、真面目で優しい人間ほど、世話を頑張ろうとしてしまう。手入れの方法を知らないからと、わざわざ調べる人もいるだろう。
なぜって花は生き物だもの。雑に扱うだけで、心が痛むのだ。

道具が要る

何種類かの花器に、花切り鋏。すべての家がこれらを備えているわけではない。
いずれも100均で手に入りはするけれど、たまにしかもらわない花のためにずっと持っておくのも勿体ない。

場所が要る

どこに置くかを決めるのにもひと苦労だ。
第1条件は「邪魔にならないところ」だろうけれど、ほかにも長持ちする場所(エアコンの風が当たらない、気温が高くないなど)、少しでもきれいに見える場所など、気にしだしたらキリがない。
そもそも狭い家に住んでいたらどこに置いたって邪魔だろうし、散らかっている家ならどこにおいたってきれいに見えないだろう。

ごみが出る

包装紙、輪ゴム、作業するときに使った新聞紙など、そして花本体。
分別だってしなくちゃならないし、以外と馬鹿にならない量だ。

転居直前などで、世話もごみの処分もできず道具も場所もない場合もある

クワトロコンボじゃねえか。
送別会や卒業式など、花束は別れの演出によく使われる。
別れや出発には、転居を伴うことも多い。本日の主役は、明日引っ越すかもしれないのだ。

いちおうサプライズ

送別会で送られる立場にあるなど、花束を受け取ることになるであろうことは、だいたい予測できる。
けれどもいちおうはサプライズだから、「花束を贈ります」とは言われない。言われないから、「花束はやめてくれ」とは言いにくい。
何度もあることではないから、「次から花束はやめてね」とも言えない。

それに、渡す側に善意があるかどうかはわからないが(仕事や義理ということも多いだろう)、時間と手間とコストをかけて手配してくれたことは間違いない。こうした事実が、花束NG表明をさらに難しくさせているのだ。

ついでに言っておくけど

自分がもらった花束なら、もらった瞬間は嬉しいし、手配してくれた相手の気持ちも汲むから、その後の面倒を想像しつつも愛着は湧く。
しかし、自分以外の人がもらった花束にはそうした愛着はない。
家族が花束をもらって帰り、自分で世話もせずへらへら笑っているとき。
仕方なく、いちおうはやり方を知っている自分が世話せざるを得ないとき。
ほんっっっとあれ、腹立つんだよ。

あげる側は、もらった本人が世話できるか考えた方がいい。
奥さんが専業主婦だからいいだろう、とかではなく、あくまで本人が、だ。

もらった人も自分で世話できないなら、家族の誰かがノーストレスで世話できるかどうかを、考えた方がいい。
できなさそうなら、花束をもらったことを遅滞なく粛々と報告するか、それでも嫌がられたら捨てるしかない。くれぐれも、相手が帰ってくるまでテーブルの上に放置とか、しないでくれ。

余裕がない!

以前の職場で、ワーキングマザーである先輩が、
「うちに花の世話をする余裕はない!」
と言った。
ここに挙げてきた「花束を喜べない理由」を裏返せば、花の世話をする時間や知識がある(家族にそういう人がいる)、道具を持っている、花を置く場所がある、ということだ。それらを備えている状況下なら、花を喜べる心のゆとりも、そうでない人よりはありそうだ。
花束を喜べることは、生活や精神に余裕があることを意味すると言ってもよさそうだ。
そんな余裕がある人、どれだけいるんだろうね?

想像してごらん―それでも花束を贈る理由

    • 花束に手がかかることを知らない
    • 花束に手がかかることに薄々気づいているが、相手に対し「花の世話も好きだろう」と決めてかかっている
      オジサンが女性相手にやりそうなイメージだが、これも決めつけか?
    • 贈る側に考える余裕がない、考えてやる義理がない
      仕事でいっぱいいっぱいのところに、送別会の幹事を押し付けられているとか、相手にも特に思い入れがないとか。
    • 花束が喜ばれないだろうことを想像したうえで、敢えて選んでいる
      嫌いな同僚とか(嫌がらせに花を使うのはやめようね! 花に罪はないよ!)
    • もらったけどいらないからあげる~(ゴミ箱扱い)
      昔の職場(貸し会場の事務所)がこれの被害をよく受けていた。
      とにかく邪魔だし、クソ忙しいのに世話に人手を取られる。はっきり言って迷惑だ(事務室から逃げたいときの口実に、花の水替えに行ったこともあるけど)。

喜ばれない花束なんて、なくしてしまえ

「贈る立場」になった人は

相手が「絶対に喜ぶ!」という確信がない限り、花束はやめておくのが無難だ。
プレゼントを贈るというイベントが何度もある組織(職場やサークルなど)なら、ガイドラインを作り、「贈られる側に選ばせる」などと設定しておくとよいだろう。
それなら、「花束じゃないのか」という人だって、「ガイドラインにあるから」「本人の希望だから」と言って黙らせることができる。

私が大学を卒業するとき、サークルの在学生から「花束と焼き菓子、どっちがいいですか?」という打診があった。
特にアパートを引き払ってから卒業式に参加した私にとっては、感心を通り越して感動するほどありがたいやり方だった。
もちろん私は、焼き菓子にしてもらった。

相手が喜ぶかわからないけど、どうしても花じゃなければいけないなら、プリザーブドフラワーとか紙製ブーケにすればいい。
ただし、生花より値が張るのが一般的なようだから、予算か見栄え、優先順位の高い方を取ることになる。

「もらうかもしれない」人は

自分が受け取る立場でないうちに動こう。
継続的な組織なら、前述のように、ガイドラインを作るとか、花束でないプレゼントを贈るという前例を作っておくとか。
あとは普段から、「自分が贈り物をするなら、花束は避ける」とアピールすることだ。

喜ばれない花束なんて、悲しいからさ。

仕送り(お裾分け)は罪深い【2/2】―子の心親知らずっていうレベルじゃねぇぞ!

実家や義実家からの仕送り(お裾分け)がしんどい。
頼んでもいないのに寄越された仕送りの箱(お裾分けの紙袋)には、野菜や果物、お菓子や日用品と一緒に、あらゆる「煩わしい」が詰め込まれている。

親たちからの仕送り(お裾分け)について、前回は嫌な仕送りあるあるや実例を紹介した。
後半となる今回は、仕送り(お裾分け)する親側の心情と、対策方法について述べていく。

前半:仕送り(お裾分け)は罪深い【2/2】―私はこれで桃が怖くなった

仕送り(お裾分け)する親の気持ちを想像してみる

仕送りやお裾分けが「厄介」になるのは、送る側が受け取る側の立場で考えていないか、考えても間違っているからだ。
しかしこの「奴らは想像力がない!」という断罪も一方的すぎるので、仕送りする親の心情を、子の側から考察してみる。

継承されし習慣―それが親の勤め―

子供の頃、遠くに住む祖父母(特に母方)から、よく仕送りが送られてきた。
ある程度分別がつくようになった私が、母に「頻繁に送ってくるね」「多すぎない?」などと言うと、母は「モノが多いほどいいと思ってる世代だからね」と言った。
その時の母が、無邪気に喜んでいたか、苦笑いをしていたか、あるいは溜息をついていたかはよく覚えていない。
しかし現在でも、自分が買ったモノだけでも冷蔵庫やパントリーを食料でいっぱいにし、廊下までも食材置き場にしている母を見ると、母は祖父母の仕送りを享受していたと考えるのが妥当なようだ。
「モノが多いほどいい」という大量消費志向は祖父母から母へしっかり受け継がれ、その行動も見直されることなく継承されている。
時代や価値観が変わったことに気づいていない、思考停止しているといえるだろう。

電話をしてよ

母方の祖父と父方の祖母は、中元と歳暮を互いに贈り合っている(母方の祖母と父方の祖父は他界)。
父方の祖母によると、あるとき「手間ですから、やめにしましょう」と提案したが、母方の祖父に「これくらいしか連絡を取る機会がないので」と言われたので続けている、ということだった。
仕送りとはニュアンスが少々異なるかもしれないが、もうこの祖父の台詞が正解の1つだと思う。

幼い頃の私自身も、祖父母から仕送りが届いたとき、母からお礼の電話をかけさせられていた。
母いわく、「あんたがそうするのが一番喜ぶから」。
母方の祖母に電話をかけた場合、私と交替した母は長電話をしていた。親戚がどうのとか、地元の人がどうのとかいう、他愛のない話ばかりのようだった。
やはりコミュニケーションの対価のつもりでモノを与えているという側面は大きそうだ。

そういう生き物

うちの母は、とにかくモノを送る。
まずは誕生日や母の日・父の日のプレゼント。
父方の祖母(母からみれば姑)は誕生日と母の日が近いこともあり、母は祖母に、「せめて片方にして」と言われた。
しかし母はその後何度も誕生日プレゼントと母の日のプレゼントの両方を送り続けた。
祖母からかなりマジなトーンで注意されたことで、母はようやく母の日のプレゼントをやめた。

そして中元・歳暮。
私の幼い頃の主な送り先は、私の小学校の担任、ピアノの講師、塾の講師などだった。
小学校の同級生で担任に中元や歳暮を贈るのはごく少数。ほかのクラスメイトの前でそのことを言われると恥ずかしかった。
塾の講師に送り先の住所を聞いてこいと言われてその通りにすると、嫌な顔をされた。
私が「先生たちにお中元やお歳暮を贈る必要はない、誰もやってない」と抗議しても無駄だった。それが礼儀、当たり前だと言われた。
その礼儀や当たり前とやらを全員が守ると、教師の家は贈答品だらけになるし、お返しだって苦労する……という想像はできなかったようだ(ちなみに母の両親は教師)。
中学や高校では、学校側から「中元・歳暮禁止」のアナウンスがあったので、母も諦めた。

それでも母に言わせれば「おばあちゃん(母の実母)に比べればずっとマシ」とのこと。
モノを贈るのをよしとする考えは、本人の資質(親の影響含む)ゆえでもありそうだ。

いともたやすく(子供を)喜ばせる素晴らしい仕送り、と思っている

仕送りやお裾分けはモノの選別や梱包などの手間、モノの代金や送料はかかるけれど、言ってしまえばそれだけだ。
深い教養や人を楽しませる話術、実用的な知識、その人物ならではの経験も必要ない。
1日中子供の面倒を見て消耗することも、家事や育児のやり方の相違で実子と揉めるストレスもない。
仕送りとは、少しの手間とお金で、手軽に「よいことをした!」という満足感を得られるコスパ最高の手段なのだ。
(決して、楽しい話をしろとか、家事や育児を手伝えということを言っているのではない。武勇伝とか迷惑だし)

以上を踏まえて、対策を考えてみる

考えられる着地点は、以下の2つ。

  • 仕送り(お裾分け)がなくなる、または回数が減る
  • 内容・タイミング・量の改善

しんどい仕送り(お裾分け)をする側は、受け取る側の立場で考えない。
だから、察してくれるという期待は全くの無駄だ。
けれども、目上の者の注意や公式アナウンスがあれば、やめてくれる場合もある。
ただし、仕送りをする親にとって、子は目上の者でも権威でもない。
だから、相当強く、そして辛抱強く言わないと、仕送りをする親はわかってくれない。

「よかれと思ってやっているのだから」という下手な遠慮は忘れよう。
向こうにだって、金銭や手間というコストがないわけではないし。

送ってほしいもの、そして「絶対に送らないでほしいもの」を伝える

それでも仕送りやお裾分けをしようとする親には、送ってほしいものを伝えよう。
普通に欲しいものを伝えてもいいが、その地域限定のものや、実家で採れた野菜などをリクエストすると、「やっぱり仕送りが必要だ」と思われてしまう。
どこでも買える雑貨や日用品、さらにいえば現金や商品券なら、そう思われるおそれは小さい。
(お米券など、特定の品目の金券は危険かも。お米そのものを送ってきそうだ……)

ただし、「ほしいもの」を伝えるだけでは、ついでにほかのものを寄越してくるおそれが大きい。
「絶対に送らないでほしいもの」を伝えよう。
万が一「絶対に送らないでほしいもの」が入っていたら、返送してもいいと思う。

サプライズ仕送りは論外。ナマモノだろうがなんだろうが、丸ごと返送するくらいでないと、わかってくれないだろう。

子が一番助かるのは、子を煩わさないことだ

仕送りやお裾分けにかかるお金は、自分達の老後資金に回してくれればいい。
仕送り貧乏になった親にお金の無心をされる未来など、想像したくもない。
仕送りやお裾分けなんかどうでもいい。もっとしてほしいことなら、いくらでもある。

実家の片付け。
持ち家の現金化。
できれば生前贈与。
余計な口出しをしないこと。
死ぬまで頭も身体も元気でいること。etc.

「役に立ちたい、喜ばせたい」と言われたら、こう伝えてみよう。

発達障害という称号を得ることでしか救われない世界をどうにかしてよ

以前、「自己肯定感が低く、盛大な損や失敗を繰り返している」という記事を書いた。
自己肯定感が低い理由については様々考えられるが、そのうちの1つとして、「発達障害グレーゾーン(未診断)、あるいはそれに類似した性格」があるのではないかと考察している。

自己肯定感の低い人間は、好きでもない相手と結婚も離婚もするし家だって買う1
(このページの末尾で述べています)

その折に見つけたのが、この2記事。

診察まで3か月待ちは当たり前!? 「発達障害」になりたい人たちが増加。その実態とは?
「あなたは発達障害です」と言ってほしい女性たち…完璧主義の生きづらさ

いずれも精神科医の香山リカ氏によるもの。
6月に発売された著書『「発達障害」と言いたがる人たち―』に関連した記事のようだ。
恥ずかしながら私は、この記事を見かけるまで著書のほうを知らず、現在も未読である。
けれども私にとっては記事のタイトルだけでもああやっぱりという気持ちを強く得ている。

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1つめの記事(診察まで~)によると、発達障害だと診断されたがる理由として、以下が挙げられている。

  • 治療を受け、生活を大きく改善したい
  • 生きづらさゆえに自己肯定感を損ない、それを自分のせい(性格や努力不足)でないと認めてもらうことで自尊感情を取り戻したい
  • 発達障害=非凡な才能 と勘違いしている

私が話題にしたいのは2番目、「生きづらさゆえ自己肯定感を損ない、発達障害の認定を求めることで自尊感情を取り戻したい」人だ。

なぜってそりゃあ、私がこのタイプに当てはまるからだ。
私自身は、発達障害っぽい特性を持ちながら、それを理由に医療機関を受診したことはない。
周囲に信頼できそうな医師がいないということもあるけれど、受診して「あなたの場合は性格、個性」とか「努力が足りないだけ」と言われるのは絶対嫌だ。もし発達障害だと診断されても、現在は治療をせずともなんとかやっているし、治療をしたとして改善するかもわからないのだ。
また私の場合、「発達障害かもしれない」「それっぽい特性を持っている」とわかるだけで、だいぶ楽になっている。
今のところ、受診して傷つくくらいなら、このままでいいと思っている。

2つめの記事(「あなたは~)に登場する女性たちは、それだけではまだまだしんどくて、なんとか病名をつけてもらうことで救いにしようとしている人の一例だ。

彼女たちを苦しめているのは、

何ごとも完璧にしないと気がすまない、理想の自分でないと許せない、という完璧主義的な性格

だという。
さらにそれは先天的な要素ばかりに起因するものではない。

出る杭曲がった杭は折れるまでブッ叩く教育体制とか、1度の挫折で大いなる不利を被る社会経済の仕組み。理想の○○像とかいった幻想の蔓延。
そういったものが「ちゃんとしなくちゃ」「完璧であれ」「失敗してはいけない」という自縛的意識を産む。他人にまでもそれを強要されるから、なおのことつらいのだ。

私はといえば、「ちゃんとしていない」ということより、「著しい欠点があり、そのせいで人に迷惑をかけたり自分を損ねたりする」ということに苦しんでいた。
けれども「発達障害」という言葉、そしてそれが意味するところを知り、救いとしようとしている点では記事に出てくる人達と同じだ。
「発達障害」を知らなければ、今も自己肯定感は低下を続け、大きな失敗をし、失敗がまた自己肯定感を落とし、さらなる損害を招いていることだろう。まさに悪循環だ。

脳を改造することはできない。持って生まれた、あるいは長い年月をかけて作り上げられた性格を変えるのも難しい。
苦しみに堪えようとすれば、心は壊れる。
だから、自分を許し解放するために、「発達障害」と診断されたい(あるいは、思い込んでおきたい)。
つらい現状より、心を損なうより、「障害」というレッテルを自分に貼るほうが遥かにマシなのだ。

1つめの記事では、

彼らに必要なのは、診断名じゃない。心を支え、その人らしい暮らしを送るための支援だ。

としている。

「支援」とは何を指すのか、記事では触れられていない。
けれども、発達障害にかかわる人、あるいは生きづらさを抱える人は数多いる。
「金銭的支援」「教育的支援」だけでは該当者が多すぎてキリがないし、そもそも「生きづらさ」が発生する状況というのが望ましくない。

結局必要なのは、発達障害についての正しい知識の啓蒙と、多様性を認めて伸ばす柔軟な教育と社会環境、何度失敗しても再起できる構造づくりなんだと思う。民間でもできないわけじゃないけど、行政の力だって必要なことだ。しかも、教育や経済、福祉などいろいろな分野から言われていることだ。
いい加減になんとかしてくれよ。

仕送り(お裾分け)は罪深い【1/2】―私はこれで桃が怖くなった

実家や義実家からの仕送り(お裾分け)がしんどい。
頼んでもいないのに寄越された仕送りの箱(お裾分けの紙袋)には、野菜や果物、お菓子や日用品と一緒に、あらゆる「煩わしい」が詰め込まれている。

「でも親はよかれと思ってるから……」と、この話題に触れるのには躊躇いもあったが、最近、こちらの記事↓
【実家からの仕送りが辛い】送る側は受け取る側に一度もなったことがない、どれだけ迷惑かわからない – 主夫の日々
を読み、「言っていいんだ……!」となんだか勇気づけられた。

というわけで、ここからは親たちからの仕送り(お裾分け)の罪深さを2回に分けて書いていく。
前半となる今回は、困った仕送りあるあると、私自身に起きた弊害について。

ここがイヤだよ親の仕送り

「親がよかれと思ってくれるものにケチをつけるなんて罰当たりだ」という人もいるだろうし、仕送り(お裾分け)に困っている当事者自身も、そう思ってしまうことがあるだろう。そう思わされているということが厄介なのだけど。
けれども世の中には、困った仕送り(お裾分け)が無数に存在するらしい。
以下を読めば、「罰当たり」なんて言っていられなくなるはずだ。
(上記で紹介したブログ記事と内容の重なる箇所もあります)

鮮度の落ちやすい食料品、多すぎる量

冷蔵庫やパントリーを圧迫、時には居室や廊下にまではみ出る大量の食料品は、一番の仕送りあるあるではなかろうか。
荷解きや仕分け、検品に手間がかかる。梱包材の処分もしなくてはならない。
私が特に迷惑と感じるのは、仕送りが届く前に一生懸命に作り上げた食材消費計画を破棄し、またイチから考え直さなくてはならないことだ。
また、「送られてきたものがまだ残っている」という事実すらもこちらを憂鬱にさせる。それは、消費している最中すなわち荷物が送られてきた数日間はストレスを受け続けるということを意味する。

ゲリラ仕送り(お裾分け)

予告ナシで荷物を送りつけてくるサイコな親もいるらしい。
たまたま家を空けていて、しかも中身がナマモノだったら最悪だ。受け取ったときには、すでに傷んでいるということもある。
傷んでいて食べられなかったと報告すると、こういうことをする親に限って「せっかく送ってあげたのに! キィ~ッ!」などと、こちらを悪者にする。
予告があっても、送った後だったり梱包を済ませた後だったり。
それに予告イコールこちらが欲しいものが欲しいタイミングで来るという意味ではない。
結局、トマトを買ったばかりのところに大量のトマトが送られてきたりして、頭を抱える羽目になる。
(私自身はそのような被害を受けた経験はないが、元夫の実家が旅行に出発する直前に、私の実母からナマモノを送りつけられたことがある。もちろん予告ナシで)

こちらの趣味や習慣に合わないモノ

どこで売ってるんだ何故買ったんだというダサい服とか、普段避けている食材とか(そういうのに限って、処理に手間がかかるものだったりする)。
捨てるにしても手間がかかるし、罪悪感がちらとよぎったりする。
売るにしてもやはり手間はかかるし、売れるとも限らない。

不要なモノを押し付けているだけ

普通に捨てた方が手間も省けるはずなのに、古着や採れすぎた野菜などを寄越してくる親もいるらしい。
頭のなかで「要らないものを押し付ける=子供を喜ばせる」という図式があるとしたら、そういう親は子をゴミ箱だと思っているのかもしれない。

ネガティブな気分にさせられる

向こうがモノを調達し、梱包し、発送する手間や送料や喜ばれないモノの値段を考えてもやるせない。
感謝や連絡を要求しているように見えてくるのも鬱陶しい。しかも、穿った見方をしてしまう自分が嫌になる副作用つきだ。
親の発想の貧しさ(親とは仕送りするものだと思い込んでいる、子を喜ばす手段をほかに知らないなど)や、世代間の相互理解の難しさを感じさせられることもある。
このあたりについては、後編で詳しく述べることにする。
仕送り(お裾分け)は罪深い【2/2】―子の心親知らずっていうレベルじゃねぇぞ!(準備中)

近居母のお裾分けのせいで、桃が怖くなった話(饅頭怖い的なアレではなく、マジで)

私は実家の近くに住んでおり、実家からわざわざ宅配便が届くことはない。
しかし、母が気まぐれに自宅に来て、「お裾分け」を置いていくことがよくある。

ここ数年、親戚からのお中元として、実家に桃がいくつか送られてくるようだ。
その半分ほどを、母がこちらに寄越してくる。
私にとって桃とは、処理に手間がかかり、汁が多く手を汚しやすいものだ。
だから、まあまあ好きではあるので外で食べることはあっても、自分で買うことはない。
昨年も、母は桃を4つ持って来た。
自分で買う習慣のない果物が、2人暮らしの家に4つ。多すぎる(8つもらっている母も困っていたのだろうけど)。
圧迫される野菜室。切り方や保存方法、活用方法を調べる。切り慣れていないのもあって、手が汁まみれになる。汁の匂いが染みつく。ほかの食べ物を我慢し、空けた腹に桃を押し込む。まだある。だんだん美味しくなくなっていく。じゅび、という果汁の音が耳障りになってくる。まだなくならない。
なぜたかがフルーツに、ここまで振り回されなくてはならないのか。むなしい。桃なんぞに振り回される自分は、大馬鹿だ。
最後の1個は、同じマンションの住民に引き取ってもらった。けれど私はもう、自分で桃を切ることができなくなってしまった。あのロマンティックなくらい甘い匂いも嫌になってしまった。お店できれいに切ってくれたものならギリギリ食べられるけれど、そんなときでさえも母があれらを差し出してくる光景が脳裡に浮かぶ。

今年も母は桃を4つ持ってきた。「多すぎる」ということまではなんとか伝えられたが、1個だけ受け取ってしまった。
その1個は、切るのも食べるのもすべて夫に押し付けてしまった。
三角コーナーに捨てられた皮からあの甘い匂いが立ちのぼり、とても不愉快だった。

さすがに来年は母が桃を寄越してきても断るつもりでいる。
しかし私が怖いのは、「桃を受け取り、自宅で管理・消費すること」だけではない。
「母に桃を見せられること」からもう怖くなってしまったのだ。

次の話:仕送りは罪深い【2/2】―子の心親知らずっていうレベルじゃねぇぞ!

憂鬱だけど帰省せざるを得ないなら、心に最後通牒を忍ばせてみる?

お盆が近づいてきている。
実家あるいはパートナーの実家に行かなくてはならない、でも憂鬱、しんどいという人も多いだろう。
帰省は義務ではないのだから、行かなければいい――と割り切れれば楽なのだけど、なかなかそうもいかない。

帰省がしんどい理由は後で触れるとして、「しんどいけど帰る」事情や気持ちといえば、
用事もあるから。
会いたい家族もいるから。
うるさく文句言われたり、哀れっぽく絡まれたりするくらいなら、行った方がマシだから。
行かないと親不孝な気がするから。行かずに罪悪感に苦しむくらいなら、行った方がマシだから。
……といったところだろうか。

だから行くけど、でもやっぱりしんどい。

こうした葛藤から少し楽になるために、今回は「心に最後通牒を忍ばせる」ことを提案する。
「最後通牒」といっても、いきなり絶縁を勧めるものではない。

ここからは実親を仮想敵とし、自分の実家に帰省する場合や、近居だけど会うのがしんどい場合について述べていく。

会いたくなくて震える理由

帰省したくない理由を、順不同で挙げてみる。

「結婚しないの?(しなさいよ)」とか「子供はまだ?(さっさと産めよ)」とか言われる。またはその圧力を感じる。
親戚や家族のなかに、そりが合わない人や困った性格の人がいる。
寂しいアピール、老いて弱ってしまった私アピールをされる。
普段住んでいたり働いていたりする場所との、環境や住む人の民度や価値観の落差を突きつけられる。
貴重な休みこそ、本当に好きなことをしたい。ほかのことに時間を使いたい。
新幹線も高速も混んでる。気を遣い、疲れる。娯楽がなくて暇。etc.

その他にも「帰省 したくない」などで検索するといろいろ出てくるが、ひとまず一般的なのは網羅できたかなと思う。

近居の私もできれば親に会いたくない

両親に対する私の考えは、下記の記事が詳しい。
毒親認定したいけどできないなら、ひとまず「準毒親」と考えてみる?(リンク)
(近居も私の判断だが、「両親の近くに住むのがいい」というこの考え自体が、親の呪縛だったのかも)

私の場合、実家と近居なので、「帰省」という感じではない。
ただし両親(特に母)の希望で月1回あって夫を含めた4人で食事することになっているし、あとは不定期に母がどこぞの土産物などを持ってうちに来る。現在のところ、抜き打ちでの訪問はない。

私も両親(主に母)と会うのは憂鬱だし、しんどい。
親からの連絡があってもなくても、いつもこんな葛藤をしている。

親からLINEが来ると気が重くなる。でも、LINEが来るといったって、唐突な小言とか、かまってアピールではない。
親と会うときはいつも身構える。しかし、実際会っても、こちらを嫌な気持ちにさせるような言動が毎回あるわけではない。
欲しくもないものを突然くれるのも厄介だ。けれども、あちらに悪気はないし、もらって嬉しいものもある。

しかし実は、これでも楽になったほうなのだ。
ネット上では私のような葛藤をする人間に味方する(役立つとか安心させてくれるとか)記事も増えているし、近いとはいえ別居していることで精神的に安定してきたからか、あるいは単に図太くなったからか、
「こちらも忙しいからあまり頻繁には会えないよ」
「うちではこんなに食べきれないよ」
などと言うことはできるようになってきた。
そのお陰で、平日のお誘い(ランチとか日帰り温泉とか。いちいち付き合ってたと思うとぞっとする)はなくなったし、もらい物も、本当に困るものの半分くらいは(全部ではない)その場で断れている。

だからといって、憂鬱の種はなくなっていない。
いつ来るかわからない、「子供産め」攻撃だ。

憂鬱の爆弾

私に子はいない。
30代だし結婚して3年経つのだから、両親(特に母)からの「子供産め」攻撃があることは推して知るべしだ。
以前は、2人きりになるたびに「赤ちゃんまだ!?」「子供はどうなってるの!」「妊活してるの?」
と鬼の形相で言われ、その度に受け流してきた。
私は子供を欲しておらず、それを両親には隠している(欲しくない理由についても、そのうち述べていきたい)。
「できないのよォ~!」という気持ちでいるフリをして誤魔化している。

しかし、受け流すことはできても、ノーダメージで済むものではない。
「子供産め」と言われること自体が、鬱陶しいし、ないわけではない罪悪感を喚起するし、非常にしんどい。
「このことで一番苦しんでるのは私なんだよォ~!」と一芝居打ったうえで、今は「母と2人きりにならない」など、言われる状況を作らない努力をしている。

これをあと10年強(見込み)。
現在のところは落ち着いているが、堪えかねた母(あるいは母に唆された父)が、いつ「子供はどうなってるの?」と言い出すかはわからない。これが私の「両親と会うときにおける、憂鬱の爆弾」だ。

ちなみに、子を産むつもりがないことを両親に伝えるつもりはない。
特に母は納得も理解もしないだろうし、後々余計に厄介になるとしか思えないからだ。

「次それ言ったら距離を置く、と言おう」と思ってみることにした

このしんどさを緩和するために、私は心にある備えをすることを試みている。
もし次に「子供産め」攻撃を受けたら、「『次にその話題出したら、距離を置く』と言おう」と考える(=心に最後通牒を忍ばせる)ことだ。
こう考えるだけで今、親と会うことが少し楽になったように感じている。

そうび:もろはのつるぎ(要メンテナンス)

この方法は完全に自己流だ。今現在は考えるだけで楽になっているといっても、今後どうなるかはわからない。
見直していかなくてはならないことはいくつもある。
実際に次に「子供産め」攻撃を受けたとき、本当に言うのか? とか、
言うにせよ言わないにせよ、本当に距離を置くのか、置かないのか? とか、
「距離を置く」じゃなくて、「距離を置くことを考える」でもいいのでは? 逆にもっと強烈に「絶縁する」でもいいのでは? とか。

もし「帰省がしんどい人」が応用するにしても、
何を言われたとき(されたとき)なのか、
「距離を置く」なのか「帰省の回数を減らす」なのか、はたまた「絶縁する」なのか、
言うのか言わないのか、実行するのかしないのか、
慎重に決め、かつ折に触れて見直していくのがよいと思う。

そもそも、こう思えるようになったこと自体が幾分か楽になった証拠で、人によっては、思うことすらもまだやめておいた方がいい場合だってあるだろうし。

実際に「最後通牒」を突きつけるなら

実際に「次それ言ったら(やったら)~」を言えば、相手からの反撃があることを想定し、どちらも相当の痛手を負うことを覚悟しなくてはならない。
私の場合なら、「子供産め」の呪いをさらに強く掛け直されるとか、母が怒り狂い泣き喚き大暴れするとか、ストーカー化するとかだろう。
呪いをはね返す言葉を用意したり、母を落ち着かせる方法を考えておかなくてはならない。

書きながら、これはこれで結構なリスクだと改めて感じている。「子供産まない」と言ってしまうのといい勝負だ。
近いうちに、見直してみよう。

注意!
具体的な方法は述べませんが、こちらが逃げる形での一方的な絶縁は、徹底的に。
転居できない、知人などへの根回しができない、連絡を絶てないなどの場合は、「絶縁」という言葉は安易に使うべきではないです。

参考

トイアンナ氏のこの記事が好き。帰省を乗り切るのに、親の呪いをはね返す言葉を考えるのにいいと思う。
読むだけでカタルシス。
「結婚はまだ?」親戚ハラスメントを解毒する武器を用意しました – トイアンナのぐだぐだ