自己肯定感の低い人間は、好きでもない相手と結婚も離婚もするし家だって買う5

「自己肯定感」という言葉が広く知られるようになったのは、ドラマ『逃げ恥』の影響だと思う。
みくりさんが平匡さんを評して「自己肯定感が低い」と言うなど、この言葉がたびたび使われていたのだ。

そもそも、自己肯定感とは「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在だ」という感覚・感情のことだ。
自分を高く評価している、ということではなく、「長所も短所も含め、あるがままの自分を受け容れている」ということらしい。

参考:自己肯定感とは – はてなキーワード

「自己肯定感が低い」。
ここまで私を端的に表現できる言葉は、ほかにないかもしれない。
おそらく私は、失敗や損が多いほうだ。
関わった人達に損をさせたことも多いほうだ。
なぜそうなったか――追えば追うほど、その先には「自分を無価値に思う心」があるように思える。
そして失敗や損をするたびに、自分の存在をさらに認められなくなっていく。

当シリーズでは、「自分の在りよう」と「失敗や損」と「自己肯定感」について、5回にわたって時系列順に考察してみる。
危機感を高めてこうならないための対策を講じるなり、下を見て安心するなり、とにかく誰かの役に立てばいい。
最終回となる第5回は、離婚後から現在に至るまでだ。

前の話:自己肯定感の低い人間は、好きでもない相手と結婚も離婚もするし家だって買う4

出戻りですがなにか

パフェ男と離婚した私は、再び実家で暮らすことになった。
このときの私はパフェ男への憎しみのほか、無力感に苛まれていた。

母には「メガバンクへの就職のときもパフェ男との結婚のときも、ちゃんと相談してくれなかった」
と言った。なるほどその通りだ。そしていずれも大きな失敗に終わった。
これからはもう物事を自分で決めるのはやめよう。親に判断を委ねよう。
そう思って、実家での生活をスタートさせた。

働きたくないでござるけど、そういうわけにもゆかぬ

見つけた就職口は、ある公共施設の事務員だった。
契約職員だが、堅いお仕事ではある。
ろくな職歴もない私にとっては、ありがたい話だと思った。

着任前、職場を初めて訪問した。
上長から説明された勤務内容は、募集要項に「上長の補佐」とか「庶務」などとさらりと書かれていたものより、よっぽどハードで責任が重そうに聞こえた。
人員が足りていない、ともはっきり言われた。
接客もある。適性があるとは思えない。
上長には、「きついけど、本当に大丈夫?」と尋ねられた。
無理かもしれない――そう感じはしたが、当時の私にこれよりマシな就職先を見つけられる気はしなかった。
不安を押し隠して、私は「はい」と言った。

働いてみると思った以上だった。
言われたとおり人手は足りない。モンスター嘱託員はいる。
私の担当業務についてわかっている人がいない(=引継ぎができない)。
契約職員には大きすぎる責任と肩書きを課される。
場当たり的に派遣やアルバイトを補充され、その教育に追われる。自分の業務は後回し。
着任して1年経つ前には、頭痛を感じ、休日に涙が止まらなくなるようになった。
メガバンク勤務のときと同じ、うつの予兆といえた。

すわ休職か契約解除か、と思った矢先に、正規職員が1人補充された。
契約職員たる私の責任は相対的に軽くなり、ストレスも緩和された。
症状はひとまず落ち着いた。

再婚 ―そして現在へ―

しばらくの後、当時の交際相手と結婚し、公共施設は退職した。
それまでも実家から通い両親の手を借りまくってやっと続いていたくらいだったのに、職場は再び不安定になりかけていた。
結婚生活との両立は無理だと考えた(これは自己肯定感どうのという話でなく、本当にそうだったと思っている)。

呪われ女、家を買う。

新婚夫婦の新居は、賃貸にするのがセオリーというものだろう。
夫と私も、最初はそのつもりでいた。
しかし私は、貯金をはたいて中古マンションの1室を買った。
実家近く、しかも2人暮らしには広すぎる間取り。

「家賃を払い続けるのは勿体ない」「子供はできるに決まっている」。
親の考えだった。
離婚直後、自分で決めるのは危険だとあれほど思ったのに、再婚相手についてはほとんど相談もしなかった(詳細は後述)。
新居のことくらい、親の意見に従わなくては――
そう考えて、決めた家だった。夫に「一旦賃貸にして、ゆっくり探そう」と言われもしたが、押し切ってしまった。

敵はウチにいた

話は再婚前に戻る。
さる事情から、特に母親が夫との結婚に反対していた。
母親と本格的な言い争いになったのは、このときが初めてだ(といっても噛み合わず、とてもお話にはならなかった)。
そのとき母は、「子供は絶対に産みなさいよ(産むと誓うなら結婚を認めてやってもいい)」というようなことを言い放った。
母との会話に疲れていた私は、曖昧な返事をしてその場を切り上げた。
結婚前の私に母が浴びせた最悪の台詞4選と、そこから見えてきたこと(準備中)

聞き流したつもりではいたが、しかしその言葉は呪縛として脳裡にしっかりと刻みつけられていた。
だから、本心のところでは子供など欲しくないくせに、夫に対して子供を作るつもりでいる姿勢を見せた。
実家に近くて、広いマンションを買った。

はやく真人間になりたい

母の呪縛は、なかなか解けなかった。
私が一時、自分の希望や考えなどあてにならないとして、「決め事は親に任せよう」と考えていたことが影響していたのだろう。
「本当に産みたくないのだ」という本心を受け容れる、すなわち母の呪縛から解放され始めるまでに、随分な年月を要した。
(パフェ男との婚姻時も「産みたくない」と思っていたが、相手が誰でも同じだったのか、パフェ男限定かわかっていなかった)

夫は偏見や決めつけのない、現代的で柔軟な人物だ。パフェ男とは正反対だと思っている。
自分のしたいことと向き合い、考え、進む道を決めている。私とも正反対だ。
なぜ私のような人間と結婚してくれたのか、不思議なくらいだ。

産みたくない、という私の本心も受け容れてもらっている。
子を望んでいたかもしれないが、口にすることはない。(本当に申し訳ない)
それどころか、私の能力を活かそうとしてくれているし、そのための環境も整えてくれている。
この人との結婚が、自分でした選択で初めての正解だ。

今の生活が、過去に失敗や損を重ねてきたことへのねぎらいか、人を傷つけて回ったことへの「上げて落とすタイプの罰」か、まだちょっとわからない。
でも夫を失えばおしまい、という点で、私は極めて不安定なところにいる。
だからまだ「幸福だ」と言うのはよしておく。

ちなみにマンションは、夫の転勤に合わせ、近く売却するつもりだ。

最後に

誰かの役に立てば、と思いこのシリーズを始めてみた。
けれども書き進めるにつれ、結局一番役に立てているのは自分だと感じるようになった。
書くにあたっては、「自分を責めすぎない、無理に客観的になろうとしない」というスタンスを心がけた。
それが幸いしたのだろう、心が整理されたばかりでなく、自分を癒やし許し受け容れること――すなわち、書くこと自体が自己肯定感の回復につながったと思われる。

役立ちという点でいえば、私の場合、発達障害(グレーゾーン)が自己肯定感を下げる原因の1つだろう。
発達障害(またはグレーゾーン)は、あくまでもたくさんある原因の1つに過ぎないが、無視してよいものではない。
周囲の誰かなり、自分自身なり、心当たりのある人がいれば、できる範囲でケアしてほしい。私のように愚行を繰り返す前に。

私、椿木密の場合

その他、私の自己肯定感の低さの原因となったのは、持って生まれた性格、身体能力の低さ、あとは学校や職場といった環境。
失敗や損といえば、たくさんのお金や時間、職歴や婚歴、そして私に関わった人の心といったところだろう。

このシリーズにおいて、私は何度も「このまま進んでもよい結果にはならない」とわかっていながら行動を進めていた。
そして実際に、予想していたとおりのことが起こる。つまり、失敗や損だ。
そのときの私の心情は、「でも今の状況がつらすぎて」と目の前の安寧に飛びつきたい。
あるいは、「もう考えるの嫌だ」「せっかくここまで来たのだから」と、立ち止まって考え、引き返すことが億劫……といったところだ。
いずれにしたって、考え直したときよりもさらに大きな痛手を被る、ある意味でのセルフネグレクト(もしくは自傷行為)だ。
「戻っても次うまくいく保証はない」「○○(別の選択肢)なんてできると思えない」――自己を低く見積もっているからだろう、と私は考える。

今の私は、運良く自己回復に進めただけの人間だ。
なにかアドバイスできるような立場ではない。
繰り返すが、危機感を高めてこうならないための対策を講じるでも、下を見て安心するでも、なんでもいいから誰かの役に立てばラッキー。
そう思っているだけだ。

「自己肯定感の低い人間は、好きでもない相手と結婚も離婚もするし家だって買う5」への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です